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元プロギャンブラーがオーナー? 「マネーボール」ブレントフォードF.Cチーム紹介

 22/23シーズン、王者マンチェスターシティにシーズンダブル。直近の2年で上位勢ビッグシックス(マンチェスターユナイテッドマンチェスターシティ・アーセナルチェルシーリバプールトッテナム)すべてに勝利。エース、イヴァン・トニーの賭博行為による出場停止。度々、サッカー界の話題に上がるブレントフォード、ロンドンに拠点を置くこのクラブは20/21シーズンに昇格するまで、74年という長い間プレミアリーグに所属したことはなかった。そんなチームが昇格して2年、確かな結果を残してきている。数年前まで、2部や3部リーグ常連だったチームがいかにして、ここまで来たのだろうか。

 ブレントフォードF.Cの成功を、サッカーベティングで莫大な利益を上げクラブを買収した元プロギャンブラーの現オーナー、マシュー・ベンハム。2020年まで、ブレントフォードF.Cの共同ディレクターだったラスムス・アンカーセン。彼らが用いた映画「マニーボール」のような特徴的な手法。そして、現場で結果を残してきた、優秀な監督と選手たち。それらに触れながら紹介していきたいと思う。プレミアリーグを見始めたばかりで、まだ応援するチームがまだない人。チームの興味深いバックグランドを知りたいという人。ぜひ、最後まで読んでほしい。

1.元プロギャンブラーのオーナー、マシュー・ベンハムについて

2.ブレントフォードが用いった戦略

3.マネーボール」ってなに?

4.育成システム

5.選手・監督

6.最後に

 

元プロギャンブラーのオーナー、マシュー・ベンハムについて

SportsPro media

 ブレントフォードF.Cが現オーナー、マシュー・ベンハムに買収されたのは2012年のことだった。当時のブレントフォードはEFLリーグワン(イングランドの三部リーグ)に昇格したものの結果を残せず、中位あたりを彷徨っていた。ところが、ベンハムがオーナーになった一年目、いきなりリーグ3位。惜しくも、プレーオフで惜しくも昇格を逃すものの翌年、2位でシーズンを終え、EFLチャンピオンシップ(イングランド2部リーグ)へ自動昇格した。(EFLチャンピオンシップ・EFLリーグワンでは、1位2位が自動昇格、3位-6位がプレーオフに進出し、ホーム・アウェイで対戦し1チームが昇格する)。

 それから、7シーズン後、遂にプレミアリーグに昇格する。74年ぶりの昇格を果たした背景には、他のクラブとは異なったアプローチ、特にオーナーのマシュー・ベンハムが持ち込んだデータを用いたアプローチが欠かせなかった。

 オックスフォード大学から、金融業界、スポーツベッティング業界という経歴を持つマシュー・ベンハム。前述したように、ブレントフォードの躍進には、彼が持ち込んだデータを用いたアプローチが大きいな役割を果たした。例えば、xg(ゴール期待値)などが有名だろう。

 ただ、このアプローチはすぐにクラブに認められたわけではなかった。そこで、ベンハムは新たなクラブを購入することを決断する。それがデンマークのクラブ”FCミッティラン”だ。(ラスムス・アンカーセンが10代のころ支持していたクラブだそう)2014にベンハムによって、買収されたFCミッティラン。当時、倒産仕掛けていたFCミッティランが1年でデンマークスーペルリーガのトロフィーを掲げるまでになった。このFCミッティランで試した内容を逆輸入する形で、ブレントフォードプレミアリーグに近づいていく。

 

ブレントフォードが用いった戦略

 元々の規模の大きさが違うビッククラブとその他のクラブ。最近、新オーナーが就任したチェルシーが使った移籍金を見れば、わかるようにクラブ間の差は埋められないほどに広がっている。もちろん、ブレントフォードのようなチームは上位のチームのように高い移籍金を利用することはできない。そこで、ブレントフォードは他のクラブとは別の道を行くことに活路を見出した。Bleacher Reportのインタビューに対して、元共同ディレクターのラスムス・アンカーセンは以下のように語っている。

ダビデゴリアテに勝つためには、彼とは異なる武器が必要だった。同じ武器で戦えば、負けていただろう。同じように、ブレントフォードには他とは異なる武器が必要だった。」

そこで、見出した武器がデータを用いたアプローチであり、特徴的な育成組織の作成だった。特にデータを用いたアプローチは「プレミアリーグマネーボール」と呼ばれ、ブレントフォードを有名にする。

 

マネーボール」ってなに?

ソニーピクチャーズ

 資金間の格差に苦しむ貧乏なメジャーリーグ球団アスレチックス。そのゼネラルマネージャーに就任した「ビリー・ビーン」がデータをもとにした理論を駆使して、勝つための突破口を見出していく映画「マネーボール」。

 同じように、データをもとにした戦略をブレントフォードは駆使することになる。この戦略はサッカーでは、どのように働くだろうか。ここでは、xg(ゴール期待値)を例にとって、考えてみる。

 

 能力や体格が非常に似ている二人のフォワードがいる。Aは去年15ゴールを挙げ、Bは7ゴールを挙げた。この場合、もちろんAの移籍金のほうがBよりも高くなる。ただ、2人のゴール期待値を見た時Aは10に対して、Bは12あった。こんな時、AとBはどのように評価できるだろうか。

A.

たまたま、昨シーズン調子が良かっただけかも。

チームによいパサーがいただけかも。

データ以上の活躍をしていることから、加入してからも同じような活躍をしてくれるかは分からない。

 

B.

反対にBは去年調子が悪かっただけかも。

加入した後、元のポテンシャルを発揮するようになれば、Aよりは活躍が見込めるだろう。

 

 以上は簡単な例だが、データを利用する場合、BはA以上の活躍を期待できるだけでなく、Aよりも安い移籍金で獲得できる選手であると評価できる。データを指標にすると、このように能力がありつつも過小評価されている選手を発掘することができる。この手法を利用することは、バーゲン価格で選手を買えるだけでなく安く選手を買い高く売ることによって利益を得る事ができることを意味する。ブレントフォードはこの移籍手法において多大な利益を上げている。

いくつか、例を挙げると

オーリー・ワトキンス:700万ユーロ→3600万ユーロ(現 アストンヴィラ

Aston Villa FC

エズリ・コンサ: 285万ユーロ→1330万ユーロ (現 アストンヴィラ

Aston Villa FC

イード・ベンラーマ:170万ユーロ→2310万ユーロ (現 ウェスト・ハム

West Ham United FC

 

さらに、現所属の選手も

ブライアン・エンベウモ(24):350万ユーロ→現在の市場価値約3500万ユーロ

イヴァン・トニー(27):560万ユーロ→現在の市場価値約3500万ユーロ

(Transfermarket.com 参照)

 

 

 

育成システム

 上で説明したような特別な統計学的アプローチだけでなく、ブレントフォードは他のクラブとは異なる特別な育成システムを持っている。

 元々、アカデミーを持っていたブレントフォードだったが、中々上手く機能していなかった。その大きな要因の一つがその本拠地にあった。アーセナルチェルシーなど、同じくロンドンに位置する他のクラブとの競争が激しく、それに加え有望な選手の引き抜きにも頭を悩ませていた。それに加え、アカデミーには莫大な維持費がかかっていった。リーグから支給金が出るもののそれだけでは全く足りず、毎年莫大な維持費をクラブが出し続けていたのだ。

 この問題を解決するため、ブレントフォードはアカデミーを廃止し、新たな育成組織を設立する。それが、他クラブのアカデミーから、トップクラブに昇格することができなかった選手の獲得に狙いを定めた「Bチーム」である。この育成組織は、ラスムス・アンカーセンが「これまでのように他クラブを競争相手として見るのではく、他クラブをパートナーとして見るようにした」と語るように、問題だった他クラブとの競争から解放をもたらした。さらには、この新たな育成組織は双方のクラブにとって利益をもたらした。放出する側のクラブも選手をタダで放出するのではなく、ブレントフォードに売却することで多少の移籍金を得ることができる。それに加え、将来の売却時に売却額の数パーセントを得ることができるようになった。元々ネックだった、ロンドンに本拠地を置いたこともこのシステムでは、選手のアクセスのしやすさという面で恩恵をもたらした。

 「Bチーム」の、もう一つの利点が遅咲きの才能を拾うことも可能にしたことである。当時のプレミアリーグのアカデミーの選手は約半分が9月-11月生まれであり、体が比較的大きい選手が選ばれていた(日本でも、4月-6月の遅生まれの子供のほうが恵まれた体格を持つように)。体ができていなくても、技術のある選手。例えば、身長の問題でユースから放出されながらも、プレミアリーグ優勝に上り詰めた「ジェイミー・ヴァーディ―」のような選手を発掘することは「Bチーム」の目的の一つだった。それに、遅咲きの才能に注目するこのアプローチは、ブレントフォードのようなチームを悩ませていたアカデミー選手の引き抜きに対する一つの答えだったように思う。

LCFC

 

 

 若手を辛抱強く使うことは、中規模・小規模のチームにしかできない、特権であり、制約だろう。ラスムス・アンカーセンは本当の意味で選手の価値をはかるためには最低でも、35試合プレーすることが必要だと考えている。だが、この35試合をビッグクラブが多くの若手に与えるのは中々難しいだろう。反対に、中小クラブが多くの若手を35試合使うことは比較的容易い。時には、与えるまでもなく若手を使うほか選択の余地がないことが中小クラブでは起こりえる。クラブが小規模であることも選手の育成において、アドバンテージをもたらしたのだ。

 遅咲きの才能の発掘、一定の試合を通して選手の真価の計測。チームのここまでの成長を見れば、この育成組織は十分成功しているといえるだろう。

 

選手・監督

監督 

Sky Sports

 

 現在ブレントフォードの監督を務めているのは、2018年からチームを率いているトーマス・フランク(49)。デンマーク人のこの指揮官は2018年に監督に就任し、今年で5年目になる。実際には、前監督だったディーン・スミスのアシスタントコーチとして2016年から、チームに在籍しているため、チームには7年いることになる。結果が出なければ、すぐに監督交代がされる欧州サッカー界において、比較的長期間監督としてチームを率いており、その能力の高さとチームからの信頼が分かるだろう。

 

今季注目の選手を数人紹介したい。

選手

フォワード

イヴァン・トニー(27)

 

The Sun

 

 いろいろな意味で注目されている(最近は主に悪い意味で)、ブレントフォードのエース、イヴァン・トニー。現在は賭博規則違反により、2024年1月まで試合に出場できない日々を送るこのフォワードは昨季、素晴らしい活躍を見せていた。チームトップ、そしてプレミアリーグ得点ランキング3位となる、20ゴールを挙げ絶対的エースとして君臨していた。さらに、その活躍もあってか昨季イングランド代表デビューをも飾った。絶好調だっただけに選手自身にとっても、チームにとっても、出場停止処分は大打撃だっただろう。エリア内で決めきる決定力の高さ、そして185cmの体格を生かした空中戦の強さ。強力な武器を持つこの選手は出場停止ながらも、多くのクラブから注目されている。噂によると、チェルシーアーセナルトッテナムが1月の移籍期間での獲得を狙っている。実際にどうなるか分からないが、移籍する・しないに関わらず来年の1月は重要なポイントになるだろう。

 余談だが、イヴァン・トニーは、ゆったりとした助走から蹴るPKが特徴的である。興味のある人は一度見てほしい。

 

ブライアン・エンベウモ(24)

Brentford FC

 イヴァン・トニーの出場停止による、影響はチームにとって少なくないだろう。実際、ブレントフォードは23/24シーズン開幕6試合(9/28時点)を1勝3分2敗で終え、13位に位置している。そんな中、存在感を示しているのがこの、24歳のカメル―ン人フォワードである。昨季はシーズンを通して、36試合に出場し9ゴール・8アシストの結果を残したこの選手は、今シーズンすでに4ゴールを挙げ、チームの攻撃を牽引している。細かいタッチのドリブル、切り込んでからの左足のシュート、高精度のクロス。この選手の活躍が今シーズンブレントフォードを決める事になるだろう。

 

ミッドフィルダー

マティアス イェンセン(27)

The Athletic

 

 デンマーク代表のこのセントラルミッドフィルダーはここまで、6試合すべてに出場して2ゴールを挙げている。攻守両面において高い運動量で貢献するだけでなく、チームで最もゴールに直結するパスを出している選手でもある。ここまで、1試合平均で約2回決定機を演出している*。インプレ―だけでなく、セットプレー、ロングスローなどからのチャンスメイク、ゴール前まで飛び出した時の決して低くない得点力。今シーズン、この選手の活躍も重要なポイントになるだろう。

 

戦術

 多くの上位勢を苦しめてきたブレントフォード。ロングボールを主体としてし、切れ味のあるカウンターも武器として戦う彼らだが、その中でも特徴的といえる戦術を紹介する。

 

セットプレー

 昨シーズン、ブレントフォードプレミアリーグ全体で2位となる16ゴールをセットプレーから挙げている(1位はリバプール17点)。22/23シーズンの総得点が58点だったため、約3割の得点をセットプレーから挙げたことになる。これは、もちろん偶然ではない。ブレントフォードはセットプレーのポテンシャルの高さに長く注目してきた。そのためにセットプレーやキックのコーチだけでなく、スローインコーチも迎え入れている。

 セットプレー専属のコーチを持つことで、ブレントフォードは様々なセットプレーの形を得るだけでなく、試合毎に対戦する相手に即した形でセットプレーを行うことができるようになった。

 それに、セットプレーに力を入れる事はチームを強くすること以外にもメリットがあるとラスムス・アンカーセンは語る。それが、ディフェンダーなど普段点が取れにくい選手が得点でき、その選手の価値が上がることである。チームの価値と強さを同時に高めることができるのである。

 

最後に

 セットプレーについて、ラスムス・アンカーセンはインタビューで「もし、1000万ユーロのストライカーを買うことができなければ、他の方法で得点する方法を見つけなければならない」と語っている。使えるお金が少ないからこその「マニーボール」、アカデミー間の競争に勝てないからこその「Bチーム」、ストライカーがいないからこその「セットプレー」。持たざるものであるからこその進化こそ、このチームの真価かもしれない。

 

マニーボール

 紹介した、映画「マネー・ボール」は現在、Amazonでレンタル・購入することができます。

 戦術を理解し、選手の立ち位置、一挙手一投足に注目し始めたときのように。ダービーの歴史を知り、試合の価値を改めて理解したときのように。今まで見ていたはずのスポーツに新たな視点や面白み加えてくれる作品です。ぜひ見てみてください。

 

・マネーボール(吹き替え版)

・マネーボール(字幕版)

 

 書籍版もあります。

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Bleacher Reportインタビュー記事

bleacherreport.com